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近代日本と福沢諭吉(2004秋学期)

【テーマ06-2:地縁・家・家族と福澤諭吉(2)-福沢諭吉の男女論・家族論】

● はじめに
 変容しがたいミドルクラス
  ↓
 「最期の決戦」へ 明治33年4月15日付『時事新報』社説「最後の決戦」(日原昌造)
 維新以後文明化は進み「有形の区域」すなわち物質文明においては「文明流」が勝利をおさめたが、すぐには効果の現れない「無形のもの」となるに随って抵抗力が強く「文明の進歩を渋滞せしむるの憂」がある。「新旧最後の決戦とも云ふ可きものありて存するは即ち道徳修身の問題なり」「儒教主義の旧道徳を根底より顛覆して文明主義の新道徳を注入せん」 → 文明主義の新道徳 対 儒教主義の旧道徳 決戦のとき
 Cf. 『学問のすゝめ』第2編
    有形の学問(天文・地理・窮理・化学等) 無形の学問(心学、神学、理学等)
  ↓
  何故「最期の決戦」に行き着いたのか。結果はどうなったのか。
  「無形のもの」の中から男女論・家族論を通じて考える。
  ↓ 《何故男女論・家族論か》
 福沢諭吉の男女論:今日的課題を多く含む
  *新姓の話 *ジェンダーバイアスの存在 *DV *育児参加 (史料1)
  福沢の問題提起に対し、解決されずに今日まで残っている。⇒近代化課程での問題点

  1. 「中津留別之書」
    明治維新後の福沢の命題=“民”の創出
    • 牧原憲夫『客分と国民のあいだ-近代民衆の政治意識』吉川弘文館 1998年
    • 田中彰『高杉晋作と奇兵隊』岩波新書 1985年
    ⇒“民”には女性も含まれる。
    「抑も世に生れたる者は、男も人なり女も人なり。この世に欠くべからず用を為す所を以て云えば、天下一日も男ならるべからず又女なかるべからず。」
    『学問のすゝめ』第8編(著3 p.88)

    福沢の女性論形成の背景
    1. 成育環境
    2. 西洋文明 洋学の知識 J.S.ミルの影響
      欧米における体験 『福翁自伝』「女尊男卑の風俗に驚く」
    3. 慶應義塾内の女性たち
    福沢の活動
    1. 著述活動 『学問のすゝめ』/『かたわ娘』/『明六雑誌』男女同数論など
    2. 学校教育 女学所設立(明治6年10月11日付九鬼隆義宛書簡 書1 p.277)
    3. 経済的自立の支援
      「小生の姉などは江戸へ同道、何か活計の道を得せしむる積り」
      (明治5年5月11日付福沢英之助宛書簡 書1 p.239)
      慶應義塾衣服仕立局(明治5年8月) (史料3)
      今泉たう産科開業  (史料4)
  2. 「日本婦人論」『日本婦人論後編』『品行論』(明治18年)『男女交際論』『男女交際余論』(明治19年)『日本男子論』(明治21年)
    変容しがたいミドルクラスの社会
    →封建的な「家」観念を脱却し、社会を構成する単位として新しい「家」の確立
    1. 一夫一婦によって構成される。
    2. 対等な男女が愛・敬・怨によって結びつく。
    3. 夫婦間でも各々の「私有」財産を有し、各「家」ごと独立した活計を営む
    4. (史料5)
    →女性であっても社会的役割を果たす。
    男女共有寄合の国/日本国民惣体持の国/国の本は家に在り (史料6)
    +明治10年代後半からの儒教主義の復活(当初は楽観視していた福沢も懸念)(史料7)

    福沢の活動
    1. 著述活動
    2. 教育活動
      女学校設立構想→「ミスシスバンホーレット」の塾(明治22、23年)(史料8)
      女性に交際の場を提供する。 (史料9)
    3. 啓蒙活動 ミドルクラスの育成 (史料10)
  3. 『女大学評論・新女大学』(明治32年)
    明治31年7月民法前面施行:
    1. 家政参与の権(「日本婦人論後編」)ex.802、804条
    2. 目にみえない旧規範からの解放 ex.離婚要件

    同権の根本は習慣に由来するものにして、法律の成文は唯その習慣の力を援るに過ぎるのみ。(「日本婦人論」著10 p.47)
    我輩が日本女子に限りて是非とのその智識を開発せんと欲する所は、社会上の経済思想と法律思想とこの二者に在り。女子に経済法律とは甚だ異なるが如くなれども、その思想の皆無なるこそ女子社会の無力なる原因中の一大原因なれば、何は扨置き普通の学識を得たる上は同時に経済法律の大意を知らしむること最も必要なるべし。之を形容すれば文明女子の懐剣とも云うも可なり。(「新女大学」著10 p.309)
    明治32年4月15日付時事新報「福沢先生の女学論発表の次第」 (史料11)

    時事新報の「女大学」批判キャンペーン
    *「女大学」 当時は貝原益軒の著作とされていた、女性に対し三従や七去の教えなどを説いたもの。
     ⇒儒教主義的な女性観・封建的な女性観のメルクマールとしての「女大学」
    1. 明治32年1月29日以降時事新報で「新日本文明社会の女子が世に処し身に行ふべき大道を指示」した論説と掲載予告
    2. 福沢の論説は週2、3回におさえ、その間は他者による女性論や関係記事を掲載。
    3. 読者の投書および懺悔集の掲載→明治32年4月25日発行『女学雑誌』486号の評価
        ↓
    反対論(東京朝日新聞・報知新聞・国民新聞など)が起こり2派対立⇒“最後の決戦”
    論点:
    1. 200年程前の論説を今更評論することに意味があるのか。
    2. 男性論として読み取るのはおかしい。
      ex.女子の身に恥ずべきことは男子に於ても亦恥ずべき所のものなり。(著10 p.248)
      ⇔
    1. 現実に存在する「女大学」的規範の束縛
      「女子教育上の大方針、今日もなお一定せざるが如し。益軒先生の女大学全く棄つべきか。福沢氏の新女大学全く今日に適するか。或は又他に適当なる女徳の標準あらざるか。本誌はまず之を研究せんとす」明治33年5月10日付『婦女新聞』創刊号
    2. 男子の意識改革がなければ状況は変わらない。
      「世間に女大学と申書有之、婦人のみを罪人のよふに視做し、これを責ること甚しけれども、私の考には婦人え対しあまり気の毒に御座候。何卒男大学と申ものを著し、男子を責候様いたし度」(明治3年2月15日付九鬼隆義宛書簡 書1 p.161)
    “最後の決戦”の結果
    明治42年東亜協会主催「女大学」研究会 『女大学の研究』(弘道館、明治43年)
    • 出席者
      東京帝国大学文科井上哲次郎、三輪田高等女学校教頭三輪田元道、東京女子高等師範学校教授吉田熊次、同下田次郎、学習院教授有馬祐政、東京女学館幹事西田敬止、須藤求馬、東京女子高等師範学校教授宮川寿美子、東京高等師範学校教授吉田静致、東京高等商業学校講師兼女子高等師範学校教授中島力造
    女大学の旨意を以て直ちに現代の女子を律せんとするは不可能事に属す(p.2)しかし、女性も「主君」を戴く日本国民であり(有馬 p.130)、その職分は「日本の臣民となる所の吾々の子供」を育てることにある(中島 p.159)。国の為に死ねる子を育てるためには「何処迄も謙遜柔順と云ふ女徳」(井上 p.101)を示して、我慢や自己犠牲の精神を芽生えさせなければいけない。そのためには「今日の社会状態に、尚ほ女大学の如きものが生きて働いて居って貰はなければならぬ」(三輪田 p.19)
    ⇒本間久雄「女大学を脱せよ」(『現代の婦人問題』大正8年)
     一条忠衛「女大学」を見もせず読みもしないで、また聞きに陳腐だなどと言っている「夫人令嬢諸君の日常行為」に「女大学」の教訓が無意識の間に社会性となり「動かすべからざる勢力を有して居る」現状を指摘(『婦人問題より観たる女大学評論』大正7年)
     ↓
    「文明主義の新道徳」の敗北・「儒教主義の旧道徳」の勝利
    1. 家産の維持(ex.華族資産の利用)
      個人として所有されるべき財産が「家」として所有されなければならないという矛盾→個人所有の形態を取らざるを得ない財産を、家族に対する戸主権の管理下に置くことで掌握→まず「家」ありきの概念
    2. 家の相続形態
    3. 国家の一員としての役割
      「女大学」的生き方⇒日常生活の中に容易に大きな意義を見出す
      男に隷従することによって親子関係を中心とする儒教的な「家」を維持し、国家が求める他者(国家)に隷従できる次世代を生み育てること=女性の“民”としての役割
おわりに
 近代社会 = 国民としての女性の役割が論じられる社会
               ↓
        「女大学」がメルクマールとして機能
          ↓              ↓
     一身独立・独立自尊  か  自己犠牲か
 ⇒女性の役割はむしろ「女大学」的生き方において明確に示される

福沢女性論への高い評価
 山川菊栄『おんな二代の記』(平凡社 昭和47年)
 堺利彦『家庭雑誌』第1号 明治36年
 与謝野晶子「婦人の堕落する最大原因」大正5年(『定本与謝野晶子全集』第15巻)
 山高しげり『婦人問題の知識』(非凡閣 昭和9年)
 cf. 厨川白村『近代の恋愛観』 大正11年

☆参考文献
著:『福沢諭吉著作集』全12巻 慶應義塾大学出版会 2002-3年
書:『福沢諭吉書簡集』全9巻 慶應義塾編 岩波書店 2001-3年
歴:広池千九郎著『中津歴史』下(復刻) 防長史料出版社 1976年

 

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