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慶應義塾OCW >>コース一覧 >> 法学部 >> 政治学基礎 I(2004春学期)
政治学基礎 I(2004春学期)
【テーマ05:イデオロギー ~真犯人は誰だ】

■前回補足:正統性のもうひとつの意味:法学的意味での正統性(正当性)
    合法性<-->正当性
    合法性:法の正しさの根拠=憲法 (ex.違憲法令審査権)
       その憲法の正しさの根拠=正統性
    合法性と正統性の循環論法
    WeberとSchmitt
    近代国家における憲法=「国民の総意」というフィクション

■認識論的前提:近代とイデオロギー
    近代に固有の、特殊な権力手段(物理的強制力による支配から意味による支配へ)としてのイデオロギー
    K.マンハイム『イデオロギーとユートピア』より
      「・・・中世的世界観の崩壊以後は、これまで教会の支配によって保証されていた客観世界の秩序そのものまでもが疑問視されるようになった。その結果、これまでの行き方から目を転じて反対方向の道をとること、いいかえれば、主観を出発点にして人間の認識行為の本質や価値を決定し、そうすることによって客観的存在の投錨点を認識主体のなかに求める以外には他に選ぶべき道はない、という態度が生まれることになった」
    近代の大いなる欺瞞
    問題は「客観的な」世界を「主観」的にすぎない人間がいかにして把握できるか。
    主観的でしかない人間自身が「客観的世界」を把握する--自分の影を飛び越す?
    欺瞞の種:主観的にすぎないもの、個別的にすぎないものを客観的なもの、普遍的なもののように装う=イデオロギーの成立

■フランス啓蒙哲学の「僧侶の欺瞞説」

conspiracy theoryと自己の立場の特権化



■イデオロジーからイデオロギーへ
    観念ideaの学logos:イデオロジー
    イデオロジーの構想
        「すべての科学は観念の組み合わせからできているのだから、それは系譜学的に最初の科学である。それはより特殊には、文法の基礎、あるいは観念を伝達する科学であり、論理学、あるいは観念を組み合わせ、新しい真理に到達する科学であり、教育学、あるいは人間形成の科学であり、道徳、あるいは欲望の規制であり、最後に「学芸のうちで最も偉大なものである。というのもその成功、すなわち社会を規制することに成功するためには、他のすべての科学が協働しなくてはならないからである。」
    「哲人王」思想の誘惑:知と権力
        かつて、啓蒙の名あて人は国王、立法者だったが、今や専門家である自分が立法者になろうとした。ここにナポレオンとの軋轢が生じる
        -->「イデオロジズト」から「イデオローグ」へ。
    イデオロジーとソシオロジー

■イデオロギー概念の成立
    Karl Marx/Friedlich Engels, Die deutsche Ideologie (1845/46)
   
    マルクス/エンゲルスのイデオロギー論の射程
      1.社会的(経済的・歴史的)側面:社会の現実的基盤たる経済構造(土台)によって規定された法律、道徳、宗教、芸術、哲学などの社会的意識形態(上部構造)
      2.政治的側面:特定の階級利害の表現
      3.認識論的側面:無自覚になされる虚偽意識。思惟の自立性の幻想
      4.道徳的側面:現実を隠蔽することでブルジョア階級利害に奉仕
    イデオロギー分析の方法
      ・因果的分析:こうした意識の生成原因としての肉体労働/精神労働分化という社会経済的起源の歴史的解明
      ・機能的分析:階級利害の正当化、隠蔽の暴露
    マルクスイデオロギー論の限界
      自己の立場の特権化と相対主義的視点の欠如‥‥ブーメラン概念としてのイデオロギー


■Karl Mannheim 1893-1947 Ideologie und Utopie 1929


    部分的イデオロギー:意識的な嘘、隠蔽、偽造(敵対者の観念の一部)
    全体的イデオロギー:一集団、一階級、一世代の全体的意識構造
      知識の存在(被)拘束性テーゼ
    *両者の共通点:相手の主張を額面通り受け取らない(言明と存在位置の関数と解釈)
    特殊的把握:敵対者の思考の批判
    普遍的把握:「敵対者の、のみならず原理的にすべての立場を、つまり自己の立場をもイデオロギーとみなす勇気を持つ」
    マンハイムの相関主義:相対主義の泥沼、あるいは「神々の戦い(M. Weber)を越えて
      相対主義(Relativismus)ではない「相関主義」(Relationismus)?
    「遠近法的視点」
      現実は実践のうちにのみ姿をあらわす
    科学としての政治学?
      マンハイムに見られる絶対者(認識のアルキメデスの点)の拒絶
        「かつては神以外には使ってはならないものであった絶対者というカテゴリーが、ひたすらことなかれを願う日常生活の隠蔽道具に」成り下がってしまった。

    近代の実証主義的(自然)科学
      sub specie aeternitatis(永遠の相のもとで・・・スピノザ):みずからの視点の「部分性」を消去し「真理の体系」(<-->Karl R. Popperのfallibilism(可謬主義)的科学観)を志向することで<現代の神>となる科学


■Habermas, Technik und Wissenschaft als >Ideologie< 1969

   科学:二重の意味でイデオロギー
      1.科学は「目的合理的」ではない:価値、規範を追放した実証科学の隠されたイデオロギー性
      (目的に盲目なまま、手段の技術的合理化のみに走るだけでなく、その手段が目的に転化される)
      2.目的合理性のみが唯一正しい認識のあり方ではない。
        システムと生活世界の乖離

■近代における政治・・・暴力と倫理のはざまで
    《近代》・・・共同体のくびきからの人間開放
    -->「神の死」(ニーチェ)と「近代的主体」の誕生
    かつては神や共同体に基礎づけられていた「倫理的なもの」が主体自身のなかの何かに基礎づけられる必要

    私の行動を律するのは「共同体」(他人の目)でも「神」(誰も見ていなくとも神の目は欺けない)でもなく、自分自身となる。
    このことは国家の変遷にもあらわれている。

■暴力による支配から意味による支配へ
    暴力装置としての国家(力による支配)から
    イデオロギー装置としての国家(意味・あるいは無意味による支配)へ

    近代において後者の比重が高まる。


■M.フーコー『監獄の誕生』(1975)
    刑罰における「暴力」から「イデオロギー」への移行

    1.国王の「力」の誇示、「見せしめ」
    2.「社会体」の防衛
    3.一望監視装置(パノプティコン)による管理、規律・訓練

    知と権力の共謀:不可視のイデオロギー装置にどう対抗できるか?しかも社会にくまなく張り巡らされたその匿名の権力構造のなかで、われわれは「共犯者」なのである。


★参考テキスト
萩原能久「ラビリンスワールドの政治学」、日本評論社『法学セミナー』(全12回連載より 「悪魔の科学<イデオロギー>」)
萩原能久 「批判」から「批評」へ、『三色旗』Jun. 1993
K.マルクス/F.エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』、岩波文庫
K.マンハイム『イデオロギーとユートピア』(中公バックス世界の名著68『マンハイム・オルテガ』所収)、中央公論社
J.ハーバーマス『イデオロギーとしての技術と科学』、紀伊国屋書店
M.フーコー『監獄の誕生--監視と処罰』、新潮社
T.イーグルトン『イデオロギーとは何か』、平凡社
E.トーピッチュ『イデオロギーと科学の間--社会哲学論集』、未來社
佐伯啓思『イデオロギー/脱イデオロギー』、岩波書店
藪野祐三『先進社会のイデオロギー』、法律文化社
蒲島郁夫・竹中佳彦『現代日本人のイデオロギー』、東京大学出版会
Z.バウマン『立法者と解釈者』、昭和堂



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