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慶應義塾OCW >>講義と私>>第4回 坂上弘

 

講義と私

本コーナーは大学の講義について皆様にもっとご理解いただき、様々な活用をしていただくことを目的として、広く各界でご活躍の慶應義塾大学卒業生(塾員)の方々から大学時代の講義に関わるご自身の経験や知見に基づき、「講義と私」のテーマでご寄稿いただいたものです。

第4回 坂上弘 小説家 慶應義塾大学出版会株式会社代表取締役会長 社団法人日本文藝家協会理事長

大江晁先生は私が昭和32年に哲学科にすすんだとき、フランスからもどられた新進気鋭の助教授で、義塾でもはじめての記号論理学の演習をスタートしたばかりだった。

この記号論理学ときたら、数学の定理や論理の文章を記号による数式のようなものであらわすので、チンプンカンプンだった。しかし、これが、私にはよかった。私は小説家になるつもりで、怠けてばかりいる学生だった。大出さん(当時はご本家の姓で先生をそう呼んでいた)は、「サルトルを翻訳で読んだって、わかるはずがネエだろう」と柔和に笑って相当キツイこともいわれた。私がこの一言を覚えているのは、べつに実存主義文学に反撥していたからではない。大げさにいえば、ハッと悟ったのである。このことばで、サルトルやカミュをムードで読む悪癖に惑溺せずにすんだのである。 青年大出助教授の講義は、教室に二、三枚の紙切れのようなものをヒラヒラさせて大股に入ってきて、黒板に数式めいた記号をどんどん展開していくものだった。その姿は、私には、ドラマチックにみえた。言語そのものを、別の方角から見る、そこに新鮮な世界がバクゼンと感じられた。「先生、小説の文章も、記号化できますか?」私が愚問を発すると先生は、「できないことはないよ、ただ長くなるよ。この黒板じゃ間に合わないくらい。」あれは、先生の負け惜しみだっただろうか。

私は小説家になろうとしていることはわかっていたが、なんだか行き詰まっていた。教室の中にいても、生きる命題を、探していた。大出先生の講義から与えられたものは、一つの明るさであり、一つの希望だった。それは、小説であっても、生きるに価するための推論を、言語の豊かさの中でおこなえるかも知れない、という予感だった。 卒論は、自分でいうのはおこがましいがまったくヒドイものだった。いまから考えてもよく卒業させてもらえたものだと冷や汗がでる。実際私は卒論をそっちのけで、小説を書いていた。そして卒業の年に第四回中央公論新人賞をもらって最初の創作集を出版したので、大出先生にも献本した。先生は、「君の小説には、僕の授業が一回しかでてこないナ」と愉快そうにいわれて、先生が私の文章を卒論の補足資料に読んでくださったにちがいないと勝手に思ったものだ。

大学の講義の魅力は、なんといっても先生の肉声のなかにある。先生が、自らのことばで哲学とは、あるいは文学、経済学、法律、歴史とは、いまは専門が細分化されているだろうが、つまり学問とはこういうものだという「あるべき姿」を教えてくださるのが最高だと思う。その「あるべき姿」こそが、社会に出てから長く私たちの力になるのだから。(2007年7月14日寄稿)

 

 

 

福原義春氏

1960年文学部哲学科卒業

 

 

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