慶應義塾オープンコースウェア
Google

慶應義塾オープンコースウェアについて

オープンコースウェア 公開情報一覧|慶應OCW

講義ノート一覧→

講義ビデオ一覧→

【コース公開組織】

慶應OCW|文学部矢印

慶應OCW|経済学部矢印

慶應OCW|法学部矢印

慶應OCW|理工学部矢印

慶應OCW|国際センター矢印

慶應義塾大学 矢印

日本オープンコースウェアコンソーシアム 矢印

MIT OCW 矢印

OCW国際コンソーシアム 矢印

 

慶應義塾OCW >>講義と私>>第5回 福澤 武
 

講義と私

本コーナーは大学の講義について皆様にもっとご理解いただき、様々な活用をしていただくことを目的として、広く各界でご活躍の慶應義塾大学卒業生(塾員)の方々から大学時代の講義に関わるご自身の経験や知見に基づき、「講義と私」のテーマでご寄稿いただいたものです。

第5回 福澤武 三菱地所株式会社 相談役

内山正熊ゼミに学んで

 半世紀程前、日吉で内山正熊教授の国際政治論を聴き、三田へ進んでゼミを選ぶとき躊躇なく内山ゼミを志望した。機会均等、門戸開放の内山教授は“来る者は拒まず”で志望者全員を入れてしまわれたので、初めは教室に入り切れない有様でどうなることかと思ったが、その内に落ち着くべきところに落ち着いた。日々変化する国際政治の最新情報を集めて講義の準備をされる内山教授は、前の晩徹夜をして教壇に立たれたようである。教室には教授の気迫と迫力が充満した。ただ、ノートは極めて取り難かった。しかし、その講義は速記録にすることよりも、国際政治を通して物の見方、考え方を学習すべき内容だったから、ノートが取り難いことは然程問題ではなかった。

 戦争遂行のための戦略と個々の戦闘のための戦術について最初に講義されたとき、日本軍の真珠湾攻撃をルーズベルト大統領は事前に知っていたにも拘らず、キンメル太平洋艦隊司令長官に知らせなかった例を挙げて、対日戦の最終勝利の戦略の見地から、真珠湾における戦闘では犠牲を払う戦術をとったと言われた。現地の司令長官に日本軍が真珠湾攻撃に向かっていることを知らせれば、太平洋艦隊を真珠湾に集結させておかなかったに違いない。それを敢えて真珠湾で犠牲を払うことによって、米国民の心を“日本を撃つべし”という方向へ向ける道を選んだというのである。“リメンバー パールハーバー”は日本に対する敵愾心を煽る絶好の標語となった。

 内山ゼミではE.H.カーの“危機の20年”とか当時少壮気鋭の学者だったキシンジャーの“核兵器と外交政策”等を使って学んだが、これがビジネスの世界で働く身になって大いに役に立った。私は社長に就任したとき社員への挨拶で、目先の利益のみに目を奪われて長期的展望を失ってはならないと述べて、学生時代に内山教授から推薦されて読んだE.H.カーの“平和の条件”について、この本を読んだときの私の驚きを話した。カーは第二次大戦で英国がドイツの猛爆を受けて大変なピンチに追い込まれている中で、この戦争が終った後二度と戦争を起こさないためにはどうしたらよいか、平和の条件は何かを考えていたのである。恐らく空襲で防空壕に避難しながらも考えていたのではないか。明日をも知れぬ状況の中で、よくも戦後の世界平和確立を考えることができたものだと私はカーの姿勢に驚嘆したのである。私が社長に就任したのは1994年6月で、果たして景気が回復することなどあるのだろうかという状況だった。今期どうやって利益を出すかということにきゅうきゅうとしていたが、私は危機におけるE.H.カーの話をして、長期的展望を失わないようにしようと社員に呼びかけたのである。

  内山ゼミで学んだことは憖じの経営学などより余程企業経営に役立つものであった。そして純粋で真摯な内山正熊教授の姿勢は昨今の社会の各分野に強く求められているものである。内山ゼミに学ぶ機会を与えられたことを改めて有難く感謝申し上げると共に、自らの姿勢を正すことを忘れてはならないと自省する次第である。

(2007年8月14日寄稿)

 

 

 

fukuzawa

1961年 法学部卒業

 

 

講義と私トップへ>>

ご意見

 
慶應義塾OCW トップへ>>
Creative Commons License
本サイトのコンテンツは、 クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。